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中世が現出するコインブラ
 ポルトガルの地において、コインブラほど現実の世界と中世以来の時間とが重なり合って、1枚の画面のように構成されている街を、僕は寡聞にして知らない。
 コインブラは実に不思議な街だ。というのも、住民(10万あまり)の約四分の一が学生で占められる、大学都市だからなのだろう。街全体が何となくアカデミックな雰囲気に包まれ、ここに住むだけで学生になった気分だ。黒マントを羽織ったコインブラ大学の学生たちの表情は誰もが活気にみちて、エリートとしての誇りと気概が感じられる。
 旧宗主国であっただけに、ポルトガル系アフリカ、特にアンゴラ、カーボ・ヴェルデ、ギニア・ビサウからの留学生が、意外にキャンパスでは目立つ。彼らはおそらく、自国の将来を担うエリートたちに違いない。話してみると、誰一人として愛国的でない者はおらず、熱弁をもって未来の自国の有り様を吐露する。その彼らの輝く目は、今の日本人の若者にないものだ。
 ポルトガルに長期に逗留するなかで、一人のブラジル研究者としてまたしても、ブラジル文化(lusotropicalismo)の基底にあるポルトガルの文化や歴史、国民性等について、無性に知りたい欲求を覚えた。
| ポルトガルの地理と歴史 | 14:28 | - | - |
Os Lusíadas(1572年)を分水嶺とした古ポルトガル語と近代ポルトガル語
 2月10から丸々1ヶ月間、学生28名を引率して私はポルトガルを旅する。そして、ヨーロッパ最古の大学の一つコインブラ大学において、研修を行なう。市の中心に位置するアストリア・ホテルに逗留することになっている私は、日中はホテルで新聞や本を読み、昼からは大学に出かけて参加学生の面倒をみたり指導したりすることになるであろう。ちなみに、学生さんは大学が用意した授業を受けながら、ポルトガル語の習得以外に、この国の歴史や地理、文化について学ぶ。根っからのワイン好きの私はおそらく、連日連夜、ポルトガルの自然および文化風土に醸成された、芳醇な「キリストの血」を研究対象として、たしなむ程度か痛飲することになるでしょう。
 ところで、ポルトガル語の歴史は、この国の文化発展を促す意味でドン・ディニス国王がコインブラ大学を創立した12世紀に遡る。してみると、この言葉も優に800年の齢を重ねていることになる。
 吟遊詩人(trovador)でもあったディニス国王は、当時公用語であったラテン語に代わるポルトガル語を公文書において用いることを命じた、とエリス・デ・アルメイダ・カルドーゾは記している。ポルトガル語はしかしながら、14世紀になってはじめてリスボンの言葉となる。ポルトガル北部のスペインの、ガリシャ地方で話されていたガリシャ語はポルトガル語と類似していて、当のポルトガル人には古語とみなされていたのである。
 近代ポルトガル語(português moderno)が体系化されたのは、コインブラ・リスボンの軸線においてのようだ。ともあれ、古ポルトガル語(português arcaico)と近代ポルトガル語の区分は、ルイース・デ・カモンエスの手になる『ウス・ルジーアダス』が刊行された1572年を境にしてである。
 どちらかと言えば、ブラジルの開いた発音に慣れている私であるが、あの「しゅうしゅう」と発音するchiamentoに特長のあるイベリア半島のポルトガル語を耳にする日も、間もなくである。

[補記]この2ヶ月間、まもなく上木する本の校正以外に、論文を2本執筆していたこともあって、ブログへの書き込みはまったくといってよいほどできなかった。ポルトガルから帰国後は、精力的にブログに係わってゆきたい。これまでご覧頂いた読者のみなさま、しばらく時間的な余裕をくださいますように。ポルトガルの紀行文も連載するつもりです。では、しばしのお別れ!
| ポルトガル語、言語学 | 10:50 | - | - |
「お姉ちゃん」 シッコ・ブアルケ作
 
  Maninha por Chico Buarque

   Se lembra da fogueira
   Se lembra dos balões
Se lembra dos luares dos sertões
   A roupa no varal
   Feriado nacional
E as estrelas salpicadas nas canções
   Se lembra quando toda modinha
   Falava de amor
Pois nunca mais cantei, o maninha
   Depois que ele chegou.

   Se lembra da jaqueira
   A fruta no capim
O sonho que você contou pra mim
   Os passos no portão
   Lembra da assombração
E das almas com perfume de jasmim
   Se lembra do jardim, o maninha
   Coberto de flor
Pois hoje só da erva daninha
   No chão que ele pisou.

   Se lembra do futuro
   Que a gente combinou
Eu era tão criança e ainda sou
   Querendo acreditar
   Que o dia vai raiar
Só porque uma cantiga anunciou
Mas não me deixe assim, tão sozinho
   A me torturar
Que um dia ele vai embora, maninha
   Pra nunca mais voltar.

       「お姉ちゃん」 シッコ・ブアルケ作
  
   焚き火を憶えているでしょう
   気球を憶えているでしょう
奥地の月光を憶えているでしょう
   紐につるしてある衣服
   国民の祝日
そして、歌に散りばめられた星星
   歌謡の全てが
   愛を物語っていた時のことを憶えているでしょう
そう、お姉ちゃん、僕はもうけして歌ったことはない
   彼が来てからというものは

   ジャッカの樹を憶えているでしょう
   雑草の上にあるその果実(み)
僕に姉さんが語ってくれた夢
   地下室の中の足音
   幽霊のことを憶えているでしょう
そして、ジャスミンの香りのする亡霊のことも
ああ、お姉ちゃん、花園のことを憶えているでしょう
   花一杯の
そう、でも今では雑草だけしか育まないんだ
   彼が踏みつけた地面には
 
   僕たちが誓い合った
   将来のことを憶えているでしょう
僕はあまりにも子供であったし、いまだにそう
   歌が告げ知らせた理由だけで
   日が立ち昇るのを
   信じたがりながら
でも、僕をそんなふうにまったくの独りぼっちにしないでちょうだい
   張り裂ける思いの僕なの
お姉ちゃん、彼が二度と戻って来ないために
   いつの日か立ち去るだろうから。
| ブラジルの音楽 | 11:58 | - | - |
「小船」 ロベルト・メネスカル、ロナルド・ボスコリ作
         O barquinho por Roberto Menescal e Ronaldo Boscoli

Dia de luz, festa de sol
E um barquinho a deslizar,
   no macio azul do mar
Tudo e varão e o amor se faz
Num barquinho pelo mar,
   que desliza sem parar
Sem intenção mossa canção,
   vai saindo desse mar e o sol
Beija o barco e luz, dias tão azuis
Volta do mar, desmaia o sol
E o barquinho a deslizar
   e a vontade de cantar
Céu tão azul, ilhas do sul
E o barquinho e o coração,
   deslizando na coração
Tudo isso e paz, tudo isso traz
Uma calma de verão, e então
O barquinho vai, a tardinha caí

[ Repetir o final ad-libitum]
O barquinho vai, a tardinha caí.

      「小船」ロベルト・メネスカル、ロナルド・ボスコリ作

光の日、太陽の祭典
そして、小船は滑り行く
穏やかなりし紺碧の潮路を
全てが夏、しかも、愛が作られし
停まらず潮路を滑りゆく
小船の中で
思いもせずわれらの歌が
その海から生(あれ)出(い)でて、太陽は
小船に口づけし、かくも青き日々の光は
海に照り返し、太陽の輝きを失わせり
そして、滑りゆく小船
歌いたくなりし気持ち
かくも紺碧の空、南の島々
そして、小船と心とが
歌に乗って滑りゆく
その全てが平穏で、そのすべてが
夏の穏やかさをもたらし、そこで...
小船は突き進み、夕暮れは迫りけり

[最後の節を自由に反復する]
小船は突き進み、夕暮れは迫りけり
| ブラジルの音楽 | 11:13 | - | - |
「3つの時期」 マヌエル・バンデイラ作
 
        Três Idade por Manuel Bandeira

A vez primeira que te vi,
Era eu menino e tu menina.
Sorrias tanto... Havia em ti
Graça de instinto, airosa e fina.
Eras pequena, eras franzina...

Ao ver-te, a rir numa gavota,
Meu coração entristeu.
Por quê? Relembro, nota a nota,
Essa aria como enterneceu
O meu olhar cheio do teu.

Quando te vi segunda vez,
Já eras moça, e com que encanto
A adolescencia em ti se fez!
Flor e botão... Sorrias tanto...
E o teu sorriso foi meu pranto...

Já eras moça... Eu, um menino...
Como contar-te o que passei?
Seguiste alegre e teu destino...
Em pobres versos te chorei.
Tem caro nome abençoei.

Vejo-te agora. Oito anos faz,
Oito anos faz que não te via...
Quanta mudança o tempo traz
Em sua atroz monotonia!
Que e do teu riso de alegria?

Foi bem cruel o teu desgosto.
Essa tristeza e que mo diz...
Ele marcou sobre o teu rosto
A imperecível cicatriz:
Es triste até quando sorris...

Porém teu vulto conservou
A mesma graça ingenua e fina...
A desventura te afeiçoou
A tua imagem de menina.
E estás delgada, estás franzina...

      「3つの時期」マヌエル・バンデイラ作

君を初めに見たとき
僕は男の子、君は女の子
君はよく笑っていた...君の中に天性の
優しさと純粋さが宿っていた。
君はちっぽけできゃしゃだった...

ガボットのなかで微笑む君を見ると、
僕の心は悲しくなった。
何故なんだろう?とぎれとぎれに僕は思い起こすと、
その旋律が君で満ちあふれた僕の瞳を
どんなに涙もろくしたことか。

二度目に君に会ったとき、
君はすでに娘で、僕は魅せられた
青春にある君に!
花とつぼみ...君はよく笑って...
そして、君の微笑みは僕の嘆きであった...

君はすでに娘あったが、僕は男の子のまま...
僕が送ってきたことを君にどう語ればよいのだろう?
君は楽しげに自分の運命(定め)に追従って行ったのだが...
拙い詩のなかで僕は君に泣き、
愛する君の名を祝福した。

いま君に会えた。8年を経て。
8年も君に会えないで...
時がなしたその変わりよう
そのまったくの単調さのなかに!
その快活な笑いはいったい何なのか?

君の苦悩はあまりにも苛酷であった。
その悲しみこそが僕にそのことを告げた...
苦悩は君の顔に印した
癒えることのない傷跡を。
君が微笑むときにさえも悲しみが...

しかし、君の姿はそのまま
同じ優しさと純粋さで...
不幸が君の
女の子のイメージに馴染んだ。
そして、君はデリケートで、きゃしゃなのだ。



| ブラジルの詩歌 | 16:47 | - | - |
「僕の世界は壊れちまった」マイーザ・マタラーゾ作

Meu mundo caiu por Maysa Matarazzo

Meu mundo caiu
E me fez ficar assim

Você conseguiu
E agora diz que tem pena de mim
Não sei se me explico bem
Eu nada pedi
Nem a você nem a ninguém

Não fui eu que caí
Sei que você me entendeu
Sei também que não vai se importar

Se meu mundo caiu
Eu que aprenda a levantar.

       
      「僕の世界は壊れちまった」マイーザ・マタラーゾ作

僕の世界は壊れ
そして、僕をこんなにしてしまった

君は自分の思いを達成し
僕が不憫だと今は言う
うまく自分のことを説明できるか分からないが
僕はまったく頼みもしなかった
君にも誰にも

壊れちまったのは僕じゃない
君が僕のことを理解してくれたのは知っているし
気にかけないことも分かっている

僕の世界が壊れたのであれば
建て直すべきはこの僕なのだ

| ブラジルの音楽 | 10:33 | - | - |
「悲哀」(サンバ)ニルチーニョ、アロルド・ローボ作
Tristeza por Niltinho e Haroldo Lobo

Tristeza
Por favor vai embora
Minha alma que chora
Está vendo o meu fim
Fez do meu coração a sua moradia
Já é demais o meu penar
Quero voltar àquela vida de alegria
Quero de novo cantar

La, ra, ra, ra
La, ra, ra, ra, ra, ra
La, ra, ra, ra, ra, ra
Quero de novo cantar

La, ra, ra, ra
La, ra, ra, ra, ra, ra
La, ra, ra, ra, ra, ra
Quero de novo cantar

          「悲哀」

悲哀よ
どうか立ち去っておくれ
むせび泣く自分の心が
僕の破局をみている
悲哀が僕の心に宿ってしまった
もう苦しみはまっぴらだ
あの明るい生活に戻りたい
再び歌いたい

ラ、ら、ら、ら
ラ、ら、ら、ら、ら、ら
ラ、ら、ら、ら、ら、ら
再び歌いたい

ラ、ら、ら、ら
ラ、ら、ら、ら、ら、ら
ラ、ら、ら、ら、ら、ら
再び歌いたい
| ブラジルの音楽 | 10:05 | - | - |
ブラジル文学に投影された民族集団(移民)
 通時的にブラジル文学を観て感じることは、人種構造の基底をなすポルトガル人、インディオ、黒人はむろん、セルタネージョ、ガウーショ、カイピラなどの、いわゆるブラジル人の地域的人間像(=人間の型tipo humano)を主題とした作品はあまたある。しかしながら、多民族社会の様相を呈するお国柄の割には、個々の民族集団、わけても日本人や、ドイツ人、アラブ系民族などを扱ったものとなると、存外少ない。つまり、どちらかといえば、外国移民を描いた小説は、皆無に等しい。
 数少ないそうした小説の書き手として、ジョルジェ・アマード、アルカンタラ・マチャード、モアシール・シリアール、ミルトン・アトームなどがいる。
 世界文学に名を連ねた国民作家ジョルジェ・アマードは、例えば、共感を持ってアフロ系ブラジル人を作中人物に取り上げる一方、トルコ人やアラブ系の人を、登場人物に仕立て上げている。Gabriela, cravo e canela(『ガブリエラ、丁子と肉桂』)に観るアラブ系民族は、その好例である。
 アルカンタラ・マチャードの場合は、1920〜1930年代に発現し始めた多民族都市、なかでもサンパウロのイタリア人についての、優れた近代主義の流れを汲んだ短編を書いている。
 自らもユダヤ系出自であるモアシール・シリアールはこれまで、南部のポルト・アレグレのユダヤ人に対象を絞って、多くの秀逸な作品を世に問うている。
 特定の民族を描いた昨今の作家としては、ミルトン・ハトゥームとジャコー・ギンスバルグが挙げられよう。前者は、全ての自作品の中で、アマゾーナス州のレバノン人を題材にしている。翻って、出版社「ペルスペクチーヴァ」を経営し、文芸評論家にして翻訳家でもある後者は、O que aconteceu, aconteceuを上木。その29の短い叙述を集めた短編の全部に、ユダヤ人が登場する。彼の大部分の、しかも、最良の短編は、1930〜50年代を背景としているが、いくつかは現代を扱っている。
 アルカンタラ・マチャードが、ブラース、ベシーガおよびバーラ・フンダ街のイタリア人を描いたと同じく、ジャコー・ギンスバルグハボン・レチーロのユダヤ人を作品の上で活写した。加えて、O que foi que ela disse(『いったい彼女は何を言ったの』)なる作品において彼は、ヨーロッパからの新来者でポルトガル語でうまく表現できない行商人の日常を、またFiguras na sombra(『陰の人物』)では、ブラジルの社会に適応したものの依然、祖国への想いを断ち切れない人たちに光を当てている。
 因みに、ブラジルの笑い話であるピアーダでは、日本人(移民)はよく登場するが、文学作品の中では、寡聞にして知らないが、あまり描かれていないようだ、日本人移民によるコロニア文学を除いて。
 
| ブラジル文学 | 10:17 | - | - |
えも言えぬ美しさのブラジルの国木イペー(Ipê)
ipe1

   Flor do ipê do Pantanal

      Pétalos

         Pétalos voam.

            パンタナルのイペーの花

               花びら

                  花びらは天翔ける。
          

ipe2

 拙宅の西側の門の外側と、付属のセンターの正面に、樹齢20年にもなろうとするノウゼンカヅラ(Bignoniaceae)がある。初夏ともなれば、赤橙色の花をつけ、南国の雰囲気を漂わせる。花の一本一本の寿命は短くて、咲いたかと思えば、もう地面へぽたりと落ちている。それでも2ヶ月あまり咲き続け、私の目を楽しませてくれる。
 ところで、ブラジルの国木ともなっているイペー(Ipê)も、ノウゼンカヅラ科に属する。その名は、「皮の厚い木」の謂のトゥピー語であるが、ブラジル中西部、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン北部に主として分布していることもあって地域や国によって異なる名称を持つ。ブラジルでは、その木皮が黒いこともあってピウーヴァ(piuva=トゥピー語で「黒い皮」)とも称せられる。グアラニー語ではtayihú、またパラグアイやアルゼンチンはlapachoの名で呼ばれるのが一般的。
 開花期は7月から9月にかけてである。この時期に僕はいつも、ブラジル中西部の大湿原パンタナルを訪れているが、セラード一帯やカポン(capão=円状の小高い茂み)に咲き乱れるイペーの美しさは、えもいえぬものがある。
 イペーは 、ブラジルサッカー代表チームのユニホームに形容される黄色のほか、紅紫色や白色もある。
 幹回り1.5m、高さ30mにも達する亭々たるイペー樹もある。載せている写真はその一例(写真上)。樹皮は厚く暗灰色を呈している。花は枝端に10〜15個まとまって咲く。
 イペー樹は比重が重く、強度があり、建材以外に、電柱、船舶材、家具、橋梁材などに使われている。他方、タンニンや一種の酸であるラパチュールなども含み、利尿作用や収斂作用があり、民間薬としても重宝がられている。
 拙宅には、宮崎の知人から3年前に頂いたそのイペー樹が2本ある。ブラジル風土と違って日本は寒いために、初冬から春の到来までは、書斎のサンルームに入れて庇護している。僕にとっては、恋人よりも愛人よりも大事な代物である。
 それにしても、このイペー樹は僕のために、いったいいつになったら咲いてくれるのだろうか?そして、咲く花の色は、紅紫色もしくは黄色?それとも白色?

ipe3

Flores do ipê celeste
神ながらのイペー樹の花

beija-flores de pétalos
パンタナルの花園に羽やすめる

pourados no jardim do Pantanal
はなびらの蜂鳥

   2005年9月2日パンタナルにて

ipe4
| ブラジル | 08:11 | - | - |
「世界はでかい」  カルロス・ドゥルモンド・デ・アンドラーデ作
carlos

O mundo é grande por Carlos Drummond de Andrade

O mundo é grande e cabe
Nesta janela sobre o mar

O mar é grande e cabe
Na cama e no colchão de amar.

O amor é grande e cabe
No breve espaço de beijar.

[de "Amor se aprende amando"]


「世界はでかい」カルロス・ドゥルモンド・デ・アンドラーデ作

世界は でかいが
わたつうみの上にある窓の中に収まってしまう。

海は でかいが
愛するベッドと敷布団の中に収まってしまう。

愛は でかいが
口づけの一瞬の時の中に収まってしまう。

[“愛は愛しながら学ばれし”から]


『愛詩てる僕のブラジル抒情歌―日本語対訳ブラジル詩歌集』から
| ブラジルの詩歌 | 08:02 | - | - |